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失われゆく宇宙

悲しい、という思いが日増しに強くなります。

新型コロナウイルス感染で苦しむ方が沢山います。お亡くなりになられた方もいます。

人が死ぬということはひとつの宇宙が失われることだ、と言ったのは誰だったでしょうか。

 

天には星はあんまり見えんけど
そのぶん東京は地上に星が降るんだねえ・・・
「天の星は死人のためのもの」
遠くにありて美しい

「地上の星は生身の人間が汗水たらして作るもの」
綺麗なだけではないかもしれんけど
血の通うパワーと温度がある

芦原妃名子『砂時計』

 

無症状者、無症状の潜伏期間があることでの感染拡大というのは未知の経験です。悲しいのではなく、怖いのでしょうか。

 

白きマスクを外して白き言葉あり
落葉積むわが墓ぞ見ゆまぼろしに
枯木にもたれたひとのねがひは音楽
クリスマスカアドにも書けりさびしやと

    中村胖『青い紳士』

 

無症状のまま死ぬわけではありません。発熱と全身倦怠感、呼吸困難といった症状の出る肺炎になります。

 

そのとき私は、私の肋骨の階段を、一歩一歩匐い昇ってくる一匹の蝶を意識した。
蝶は嗜んで花粉を愛する。多分、今、私の肋骨の一枚一枚にも、何か芳しい花粉が
付着しているのかも知れなかった。そして、この蝶の口吻の彈絛が、あるいは頻り
と、伸びたり縮んだりしているのかも知れなかった。だが、私の疲労と倦怠は、よ
うやく槌りついたこの脆弱な昆虫の、ほんの花蕋ほどの触感すら、容易に払いのけ
ることさえ出来なかった。
私は立ち上がって雑木林の丘を歩き出した。私は持てあましたこの昆虫を、どこか
林の下草の中に、宿らせようとしていたのだ。

乾直惠『肋骨と蝶』

 

春はやってきました。
春は呼んでいるのに、蝶は身体の外に出ていかないのでしょうか。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

ENVIRONMENT CONSERVATION & sustainable development

エコ(eco)とは何でしょうか?
一般には「環境に優しい」といった意味で使われていると思います。

 

ecoを英語辞典で引くと、ecoは接頭辞であり、語源としてはギリシャ語の「住居」を意味していることが分かります。つまり、われわれがカタカナ語として使うエコはいわゆる和製英語です。

 

ecoを接頭辞にした単語にはecology(生態学)やeconomy(経済)などがあります。
このエコロジーから現代のエコという言葉が生まれたことが想像できます。生態系維持といったニュアンスでしょうか。エコノミーを意識してか、エコロジーには反企業(反体制)といった意味合いがあったようですが、「持続可能な開発」やCSRといった動きが出てきたことで政府や企業活動の中に取り込まれています。これに対する批判的言葉としてはグリーンウォッチングがあるでしょうか。
本当に環境保全に対して動いているのか、持続可能な開発をできているのか、ただのポーズに過ぎないのか、簡単な議論にはならないでしょう。

 

結局、人間活動を送る上で基盤となる地球環境は安定して欲しいし、欲求を満たす経済環境は機能して欲しいわけです。求め続けた欲望の先で自らを食らうことになったとしても、それは生物としての業だと達観的に捉えることも可能ですが、相反する環境を求め続けることも人間らしいのではないでしょうか。
落語は人間の業の肯定である、と立川談志師匠も言いました。

 

「地球に優しい」らしい行為をすること自体に満足するのではなく、2つのエコについて問い続ける姿勢を失ってはいけない、それがエコに対する姿勢(attitude)だと私は思っています。

 

P.S.綺麗ごとだけでなく、もう少し尖ったことも書かねば、発言する(ブログを書く)意味がないのではないか、という葛藤もありますが、尖り続ける自信がないので、凄く遠回しに意味していることが何となく受容器に触れる方がいるかもなぁ、ぐらいに留めておきます。
I’d just be the catcher in the rye. That’s all I’d do all day. That’s the only thing I’d really like to be.
もう少し弊社の仕事内容が伝わる記事も書かねば、とも思っております。
All right. Come on.

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

藍 -JAPAN BLUE-

 

木から林檎が落ちるのが引力で、身寄りのない男と女が雑踏の人ごみのなかで引き合うのがニュートンの法則だというなら、この世は引き合い求めあいの納豆さながら、糸地獄、切っても糸が切れる訳じゃない。じたばたするな、かくごをきめろ。糸を切るより、操ってみろ。糸を吐き出す蚕のように、親子兄弟親戚一同、引くとみせてはあやつられ、引かれると見せてはたぐりよせ、くるくるまわる血の色の因果応報糸車。

(寺山修司『邪宗門』劇中台詞より)

 

新型コロナウイルスは怖いですね。
もし自分自身が新型コロナウイルスに感染していたら、誰によって感染させられたか猜疑心ばかりが大きくなりそうです。
何が正しいんでしょうか? 症状が出ていなくても新型コロナウイルスに感染していたクラスターを生む原因になりうります。ネズミ算のように増えているのが現況なんでしょう。
簡単に個人で感染の検査ができるようになったら、病院があふれかえります。重症患者が病院に行きつけなくなるリスクがあります。

 

追いつけない程、法整備から態勢作りまで、大量にやることがあるようです。
SARSがありました。MERSがありました。
リスクヘッジという点では3.11東日本大震災がありました。
歴史から学ぶことはあります。
最悪の事態を想定して行う(準備する)ことは、常時においては後塵を拝します。
資本主義と共産主義、グローバリゼーションとローカリゼーション、揺れ動く均衡点、波に揺られながら何が見えているのでしょうか。見たいものを見る、何を見てきたのでしょうか。

 

私は揺れ動きながら個の構成(表現)をおし進めて行った。失われた空間を取りもどすことによって背面も側面も生きづいてきた

大野一雄「言葉の断片」

 

日常に戻るために何ができるか、それを意識して行動するしかできることはありません。

 

愛する人がいて、食べるものがあり、眠る場所がある
これだけで幸福が得られるはずなのに
誰もが愛し愛されることにたどり着かない
恋を繰り返し、魂を汚し、自己愛に帰結する
自分を守るために他人を悪く言い、傷つけ、いつも被害者意識があり、その総意として戦争を起こす
愛はあるのか…存在するのか…
ドラマ「最終話 LOVE」『世紀末の詩』より

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

 

 

美しい産業廃棄物業 その序説

片付いていて綺麗だという話ではなく、美しさについて話したいと思います。

日本人の美意識を語る時、川端康成『美しい日本の私 その序説』谷崎潤一郎『陰翳礼讃』が挙げられるでしょうか。
電気のない薄暗い室内と屏風の金色についての説明を読んだときは芸術作品の鑑賞動線や配置についてもっと注意を払わなくてはならない、すべてが芸術装置だと意識付けされました(蝋燭の灯りを想像するとファラデーの『ロウソクの科学』にも飛び火しそうですが)。美術館はそうしたものの最たるもので、美術館自体の建築家から知らなければとも思い、建築物にも関心を抱くようになりました。『金閣寺』ほど狂気さはありませんが、白井晟一作品が好きで長崎県にいったときは建物を見に行きました。
“狂気の”という形容詞を英語にしたとき”ルナティック(lunatic)”と訳すことができます。ルナはローマ神話の月の女神でラテン語の月に由来します。月の魅惑さに取り憑かれたんではないかと思える建築物に桂離宮の月波楼があります。月を鑑賞するために作られた構造をしている建物です。「月点波心一顆珠(月は波心に点じて 一顆の珠)」、池に映る月をも愛でることができるようで、風流さがあります。ムーンリバーという曲もありますね。『ティファニーで朝食を』のオードリーも美しいです。カポーティーの短編の技巧も美しいですかね。ムーンリバーとなると、ムンクの絵画も思い浮かびます。宮崎県は東側に海岸があるので、水平線からの月の出を見ることができます。日の出ばかり取り上げられますが、夜の水平線から月が昇ってくる様は美しいですよ(事前に月の出の時刻を調べないと、夜に見れません。私は満月で夜に月の出が起こる日を調べて見に行きました。年に何回とないので見に行くのは意外と難しいです)。

と、延々と出てきます。
狂気の方向に向けると、アングラ的な美、こちらは心を動かされることと美しいと思うことを重ねる必要も多少あるかもしれません。この辺りは現代美術でも求められる美観かもしれません。

ただ、自然も必ず美しいとは限りません。
恐山や富士の樹海と聞くと、山や森なのに美しいとは思わないでしょう。
神木や境内の木々には美しさと畏れが同居します。欧州だと森に魔女が住んでいます。
西洋では自然は支配するもの、日本では自然は共存するものと説明した文章を書いたのは誰でしたでしょう?
ハイネ『流刑の神々』には「教会は古代の神々を(中略)今や地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇のなかで暮らしをたてている悪霊たちであると考えている」とあります。それでも、イルミネーションは16世紀ルターが森の中で木々の間から星が見える光景を再現しようとしたのが始まりとあるように、森の中にいてもまやかしではなく美しいものは美しいと感じることはできたようです。聖職者であったことや美の対象が星であったことも無視できないでしょうが。
花田清輝『海について』には「海のうつくしさというようなものは、19世紀の発明にかかるものであって(中略)あの青い水も、白い波も、ブロンドの砂原も、灰いろや黄いろの岩も(中略)むしろ、恐怖すべきものとして、つとめて避けられてきたのだ」とあります。汎神論論争からのロマン主義、つまり(古典的)キリスト教を基盤にした世界が壊されたことで、”流刑の神々”の土着文化的自然愛が再発見されたということでしょう。

薄暗い森にお化けが住んでいると思えば不気味に見えるし、神様のようなものが宿っていると思えば美しく見えるわけです。これが屏風であるし、川端康成のスピーチにも現れるわけですね。

デュシャンが芸術とは新しいものの見方を創造することといった趣旨の発言をしていたと思うし、これらは正義を語る時にも同じ切り口で語れるわけですが、この情報が氾濫した世界で何を指針にどこへ向かえばいいのか悩むところではあります。
どこにいても何者であっても何かがしやすくなった世界であるとともに、このつかみどころのない世界は、気が付いたら溺れそうでもあります。

そういう点では私の場合、現在の仕事に根を張り続ける制約条件があることで、目的達成を最大化しやすいのかもしれません。

風呂敷の畳み方が分かりません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

新型コロナウイルスにおける産業廃棄物業者としての責任

昨日、宮崎での感染の噂を耳にしました。噂の情報源と今日29日に正式発表という話に信憑性が欠けたので、従業員にはその旨を告げました。実際、どこにも正式な情報がなく、昨夕NHKニュースにそうしたデマが流れたことが報告されました。非常に不愉快です。先日は、SNSでチェーンメールが流れてきました。科学的根拠・論理にかける内容を裏付けに、新型コロナの対策を書いたものでした。対策内容は風邪予防に近いものですが、不安を煽るものに違いはありませんでした。

 

想像すれば当たり前なのですが、廃棄物業者は非常に危険にさらされます。
特に一般廃棄物業者は非常に神経を使うと思います。感染者の呼吸器系分泌物(鼻水、痰等)が付着したティッシュ等に触れる可能性があるからです。産廃物についても接触感染の可能性があるでしょう。回収者に感染が認められれば、その事業所ごと動けなくなる可能性があります。このあたりの対応について、厚生労働省の〈新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)〉に合わせることになりますが、濃厚接触の疑いがあったら就業禁止の措置がとられるのでしょうね。
一般廃棄物業者になれば、その影響は甚大なものになると思われます。

 

弊社からもし新型コロナウイルス感染者が出たらどう対応するかは深く考えさせられるところです。
まずは感染を広げないように発熱者以外は全従業員を自宅待機させることが思い浮かびます。そうなると、お客様の対応はどうすればいいのか。弊社のように排出物を有価物として買い取ることができる企業は少ないです。そうは言っても回収できなければ、排出物が溢れかえる心配があります。

それに現在、いろいろな再生材の輸出がままならない状況で、働き方改革もあって、企業としての体力が疲弊しているところです。緊急で弊社の代わりに回収できる企業はあるでしょうか?
この辺りについて、他社様と連携を取らないといけない、と思っているところですが、正直、逆に弊社が応援にいけるだけの人的余裕はありません。それでも、最悪の事態となったときは、助け合わなければならないでしょう。

 

産業廃棄物の管轄は環境省です。
令和2年1月22日付で「新型コロナウイルスを始めとする感染症に係る廃棄物の適正な処理について」、
同年1月30日付で「廃棄物処理における新型コロナウイルス対策の実施等について」
の通知書が各都道府県・政令市宛、日本医師会宛、全国産業資源循環連合会宛に発表されています。宛名は違いますが、概ね同じ事が書かれています。

前者はこの感染性廃棄物を「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル」(平成30年3月)に基づいて適正に処理するように注意喚起しています。66頁にわたるマニュアルで、感染性廃棄物の判断基準から医療関係機関の管理と処理、産廃処理の委託契約から処分までの流れ等が書かれています。どちらかと言うと医療廃棄物の取扱いに近い内容です。

後者は「廃棄物処理における新型インフルエンザ対策ガイドライン」(平成21年3月)に準拠して対応するよう注意喚起しています。
こちらは44頁にわたるガイドラインで、新型インフルエンザに関する説明や想定される事態から入り、廃棄攣物からの感染リスクが述べられた後、事業継続計画の策定措置の必要性とチェックポイントが述べられています。
先に述べた通り、人員の確保が挙げられていますが、非常に難しい問題です。
廃棄物処理事業者における感染防止策例が表7〈PDFファイル〉として挙がっています。また、事業継続に重要な要素が不足した場合の優先度のつけ方も重要業務例として挙げられています。ここでは従業員の4割が数週間の欠勤が起こることまで想定するようにありますが、今回の新型コロナウイルスのように、潜伏期間が長く感染者が発生したらその事業所ごと閉鎖するリスクまであります。
プレハブ小屋を買って、従業員を2グループに分け、濃厚接触を避けるのも手段でしょうか。お客様に極力ご迷惑をかけない対策を考えなければなりません。

 

弊社の業務内容として腐敗しうるものはないので、廃棄物倉庫等が溢れかえらないことを第一に考えなければと思っております。最悪の事態に備えて、回収用のフレコンバッグやドラム缶をお客様に予備として渡しておくことも考えられます。

最悪な事態を想定しながら、先に先に動いていくしかないように思います。

 

と書いたところで、全然先に動けていないで綺麗ごとばかりしか書けていないと反省しております。決意表明と思ってください。

2月の請求書や報告書を整理する中で、もしもの事態にどう対処するかお客様にご提案しなければならないのではないかと思い、緊張し始めたので、まずはブログで書かせていただきました。と、書くことも、今更すぎるのでリテラシー的にはどうか分かりません。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

プラスチック再生の難しさについて

プラスチックのリサイクルは非常に難しいです。再生材は元々の原料(バージン)材より性能が劣ります。更に異物が入りやすく、純度も落ちる傾向にあります。
これは見てもらった方が分かりやすいです。日本放送協会様のNHK fo Schoolに以下の動画があります。

むずかしいプラスチックのリサイクル
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005402558_00000

プラスチックと言っても、種類によって化学構造式は違います。そうすると、融点が違うし、結合力も違います。ですから、混ざってしまうと、動画のように強度が不足してしまいます。また、製品をつくるには、不良成型は出してはいけません。金型でプラスチック製品をつくるとき、金型の通りにうまく固まる必要もありますが、このあたりも異物の入ったプラスチック原料は取扱いが難しいようです。

 

例えば、PETボトルをリサイクル材料にして更にPETボトルを作るのは簡単ではないです。前述のとおり、再生材は品質が劣るからです。PETやPBTのようにエステル結合をもったプラスチックをポリエステルと言いますが、再生材はポリエステル繊維になることが多いようです。

また、少し専門的になってくると、ポリマーアロイといって種類の違うプラスチックをブレンドすることで、互いのメリットを引き出したプラスチックもあります。
中国が廃プラの輸入停止をしたとき、国内でどうリサイクルをするかの議論があったとき、1種類のプラスチックで劣化した性能を、別の種類のプラスチックで補うようにブレンドするポリマーアロイも取り上げられました。
PETは補填材に回ることが多く、PC/PETやPC/PBTを見る機会が多いです。

ただ先の動画の通り、高度に計算された技術がなければ、実用的な強度は達成されません。
プラスチック原料袋にPC(polycarbonate)と表記してあっても、ともに表記されたグレードをメーカーで調べるとポリマーアロイであることも珍しいことではありません。
お客様はPCと思っていても、実はPC/PETだったことがあるので、グレードも合わせて確認することが重要となっております。

 

エンジニアリング的に、プラスチックのリサイクルでは同一種類かつ同一グレード品を大量かつ安定的にリサイクルフローの中に取り込めないと、品質の安定性も採算性も得られません。

したがって、弊社ではお客様にできるだけ種類毎でのプラスチック排出をご協力いただいております。基本的には弊社で仕分すると採算性が合いません。それでも、極力、弊社内でも仕分をするようにしています。
お客様も人間ですから、同一種類で出されたプラスチックの中に他の種類のプラスチックが混入していることがあります。それをそのまま弊社が原料として納品してしまうと、製造ラインのストップ等の多大な迷惑をかけてしまいます。ですから、弊社の従業員は普段からプラスチックの仕分を行うことで、色んな形や硬さのプラスチックに触れ、異物に気付きやすい目を養っております。

また2019年4月からは障がい者グループと協力して、一部の仕分をお願いしています。少しでも資源が無駄にならないよう、きれいなプラスチックは再生材としてよみがえってもらいたいと思っています。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

ダイオキシン類

新型コロナウイルスの感染は終わりが見えないですね。目に見えるわけでもなければ、臭いも音もしないので、怖いです。空気感染のリスクはないようですが、飛沫感染や接触感染というのは人間不信を生みかねないので、何かがあったときこそ、ちゃんと地に足をつけて対応したいと思っています。不安を煽るチェーンメールも流行っていますし、有識者が厚生労働省を激しく批判する姿もみますが、専門的知識のない私たちが正しい物差しで判断するのは難しいでしょう。基本は厚生労働省の公開している情報だと思います。

 

今日はダイオキシン類について触れたいと思います。

観測地点や方法(試算方法含めて)によって変わると思いますが、例えば環境省に「化学物質の人へのばく露量モニタリング調査」があります。血液中ダイオキシン類濃度は15年前と比べると大きく減少しています。これは焼却施設や塩素系農薬、ポリ塩化ビフェニル(PCB、人工的に作られた油状の化学物質)に対策がとられたからでしょう。現在閲覧できる最新の報告書は2017年のものです。ダイオキシン類対策特別措置法により設定された耐容一日摂取量を超過した対象者はおらず、平均値および中央値も基準値の10分の1レベルです。

 

ダイオキシン類の化学構造式をご存知でしょうか?

ベンゼン環2つを酸素1つないし2つでつないで、ベンゼン環の水素を塩素に何個か置換した構造式をイメージすればいいと思います。塩素がどこに何個つくかで毒性が変わります。

塩素は人体に何かと強い作用をもたらすイメージがあると思います。それに合わせて、プラスチックの塩化ビニル樹脂(塩ビ)を燃やすことがやり玉に挙げられたわけです。プラスチックで塩素を化学構造式内に持つ一番有名なのが塩ビです。
これがいつの間にか、プラスチック全体が悪者扱いされ、更には燃やしていないのに危険と思われる方も未だにいらっしゃるわけです。
実際は、焼却条件によるものが大きく、空気中の微量な塩分でもダイオキシンは生成されます。火山の噴火や山火事でもダイオキシンは発生するので、完全に消し去ることはできないでしょう。

 

つまり、何が言いたいのかというと、プラスチックは存在自体が汚染を生むわけではなく、使う人間側による問題の方が大きいということです。

 

 

余談です。
人間は何種類のものを識別できるか? 色は750万種類、音は35万種類、臭いは1兆種類以上と言われています。正確な数字は文献によってズレがありますが、聴覚<視覚≪嗅覚なんでしょう。記憶に刻みやすいのは視覚情報ですが、何かを察するには嗅覚を普段から意識しておくといいんでしょうか。吉本隆明『匂いを讀む』は日本文学の匂いを読むことができて面白いです。養老孟司「目の作家・耳の作家―三島由紀夫と宮沢賢治」『カミとヒトの解剖学』も良いですね。ヴァレール・ノヴァリナ『耳のための演劇』となると言語理解を超えた音そのものの身体性にあてているんですが、原文はフランス語で日本語訳がない上、多言語だけでなく意味をなしていない音のための単語が出てくるので、読むための敷居も高いです。認識についてはヘーゲルは勿論、宇宙論における人間原理を考えることは面白いです。
本当は余談の方が話したいんですよね。

ダイオキシン類については環境省と塩ビ工業・環境協会を参考にしました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

プラスチックは誰にとってどう大事か 

地球環境問題とは人間の地球での居住環境に問題が生じることに対する警笛としての側面が強いと思っています。
海洋プラスチック汚染がメディアに取り上げられるとき、映像で見て分かる痛ましい姿がインパクトになるので、まずは誤飲した生物たちの写真が流れます。分解されないプラスチックは消化管に詰まったままになり、苦しませ続けると。
ただ逆に言うと、プラスチックは分解されない安定性を有しているので、溶出汚染して身体に取り込まれないとも言えます。

じゃあ、何が人間には問題なの?
自動車が動物をひき殺す数とプラスチックゴミが動物を殺す数はどちらが多いの?
人間以外の生物に対して人間が果たすべき役割と責任については古くは聖書から始まりますし、ここでは述べません。

結局のところ、人間に少なからず影響があるから問題になっています。
プラスチックが紫外線分解されるなどしてマイクロ化され海洋に漂うと有害物質を取り込んでいきます。このマイクロプラスチックを知らない間に摂取し、濃縮された有害物質も一緒に身体に取り込んでしまうリスクが問題となります。

また、前提を崩す事にもありますが、プラスチックが純度100%のプラスチックであることは少なく、添加剤が入っています。強度を高めたり、燃えにくくしたり、色を付けたりします。この添加剤は摂取して大丈夫か、といった問題もあるでしょう。勿論、プラスチック製品は溶出検査をクリアしていますが、通常の使用条件と環境は違うので分かりません。

そこで、生分解性プラスチック(バイオマスプラスチック)なら分解されて大丈夫じゃないか、との声が出ています。但し、簡単に水に溶けるようでは、代替品にならないでしょう。実際は、分解されると言っても、コンポストで残飯のような有機廃棄物と発酵させないと簡単には分解されないようです。
また、処分の問題がでてきます。焼却時の熱量は通常のプラスチックより低く傷める心配はないようですが、埋め立てる(単純埋立、安定型埋立)となるとメタン発酵が心配です。一度に大量に埋め立ててメタンガスが出れば、引火の心配が出てきます。通常のプラスチックと見分けがつかなければ、焼却も安定型埋立も選べず、管理型埋立の量が増えてコストがかかるかもしれません。
実際、機械部品などのプラスチック製品は耐久性が必須なので、生分解性には置き換わらないと思いますが。

どんな物質にも特徴はありますし、それが一方では益になり、他方では害になると思います。つまるところ、全知全能でないので、トライアルエラーで取捨選択し、バランスをとっていくしかないと思います。既得権益を失う側もいれば、新たに恩恵を受ける側もいて、それぞれが声を大にして必死に議論するのが一番かなと思います。生活がかかってないと、議論も茶番になりますし、と言いつつ架空の根拠を持ってこられても。。。

すみません、正直、どれだけ正しいことが言えているか分かりません。ここに書いたことが調べる、考えるきっかけの一つになり得れば十分と思って書いています。

プラスチックは全か無かの極端でない選択が得やすい方だと思います。この合理的選択スイッチを数学的に考えるのも、プラスチックの善悪を明瞭にする手段になりうるでしょう。

経済学の数学的基礎に多大な貢献をされた宇沢弘文先生は自動車がもたらす損失を金額で計算しました。原発も同様な議論ができるでしょう。また、単なる古典的加法性で計算するのではなく、ショケ積分のような非加法性を組み込んだ計算も必要かもしれません。ただ現実として恣意性が入る余地のない算出はできないと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

有限会社アイ・エス・オー 長友

ボロヤのイメージ

産廃業者・リサイクル業者というのは、お客様にとってみれば要らないものを処分する業者ですから、そんなものを好んで取りに来るなんてけったいな人だねぇと見られるんしょうか? 今まで一度だけ「ボロ屋が来たぞ」と言われたことがあります。

そんな産廃業者の者が物知り顔で知識をひけらかしても、まずは信頼関係ができていないと疑われるかもしれません。専門分野の学者であれば、古きも新しきも奥も奥まで研究していると信用してもらえるんでしょうが。

かの有名な物理学者のオームも不遇な生活を強いられ、研究に必要な材料をゴミの中から拾ってきたと聞きますが。。。

 

プラスチックの仕分けをしている話をすると、「え、プラスチックを沢山触ってダイオキシン大丈夫?」とお客様に言われたことがあります。「毎日、家電使ったり、建物の中で過ごしたりしていて、ダイオキシン大丈夫?」とは聞きませんでしたが、プラスチックはダイオキシン発生するから危ないといったイメージが刷り込まれていたようです。

最近は海洋汚染の話になり、「ニュースで何となく触れていたけど、打合せが決まって真剣に調べると、色々誤解していたことがあるね」と言われると興味をもっていただけるのは嬉しく思いますが、ダイオキシンと同様、プラスチックは海洋汚染するから危ないとだけ直結したイメージが刷り込まれる怖さもあります。
情報が、どの視点から、どの程度裏付けがあってのことか、私自身もお客様にお話しさせていただくときは注意します。ただ慎重になりすぎると、説明は冗長になりますし、情報の鮮度も落ちます。

情報はそれなりの速さをもって大量に流れています。受け止めるだけでも大変で、そこに考える作業を入れるのは至難の業でしょうが、人間は忘れる生き物と言われるくらいなんですから、考えられるだけの量を受け止めるのが重要だと思います。人間は考える葦とも言われるくらいですから、考えることは大切なことだと思っています。ただ、その量の中にゴミ問題を加える人は、変わった人なんでしょうか? 難しいですね。

プラスチックのゴミ問題に分かりやすい本がありまして(プラスチックリサイクル研究会編著『プラスチックのリサイクル100の知識』東京書籍、1997年)があります。20年以上前の出版ですが、ワンウェイ製品を減らす事や生分解プラスチックのことも書いてあるので、寧ろ20年前に出版された本だから読む価値もあるような気がします。とは言え、アップデートされて敷居の低い書籍も見つけたら、いずれブログに投稿したいとは思っていますが。

なんでも表面化された話題というのは、実は結構古くからあったトピックであることは珍しくないです。
数年前からよく耳にする言葉にビッグデータがあり、これは電子情報収集力や処理能力が技術と社会制度によって向上したことで一般レベルまで話題になるようになったと思っています。私はこの単語を聞いて、データマイニングは勿論、行列(線形代数)や漸近理論なども思い浮かびますが、メディアがビッグデータという名前をつけて突然一斉に取り上げると、急に降って湧いたような最先端理論として出てきた感がして戸惑います。ただ統計に関心を持たれるのは良いことだと思います。

私個人の関心としては人工知能のディープランニングにノンパラメトリックな統計、ベイズ統計、マルチンゲール、合理的期待仮説など絡めた話を勉強したいんですが、それこそ現状時間がありません。

機会があって現在高校生に数学を教えているんですが、統計が必須になって、数学Cがなくなったんですね。行列を使った解き方(記述量削減法)について説明しようとしたら、行列の存在を知らないんでびっくりしました。更に次の過程からは統計に力を入れるみたいです。経済学や統計学が理系だということを高校生に知って欲しいですね。

 

プラスチックの特徴「安定性(生分解性)」の整理の場として記事を書こうとしたら、その前説で終わってしまいました(終わらないと文量と脱線が多くなりました)。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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思いで残ったヤマモモ

先日、打合せでテクノリサーチパーク内のお客様のところに行って参りました。
弊社にとっては重要な打合せで、前日は緊張で眠れず、徹夜して資料を作りました。横になっても何かが頭をよぎってその説明を考えつつ、資料内に載せるかどうかなど悩んでいると、時間はあっという間でした。打合せが決まった日から、必要な情報の整理をしていったのですが、書いては消し、書いては消し、の繰り返しでした。このブログもですが、修正の繰り返しです。
打合せは難しいです。イメージとしてですが、弊社の業務内容の説明を、成文法みたいに基本論理構造メインでいくか、判例法みたいに具体的実例メインでいくか、と言えばいいでしょうか? 理路整然と作業内容と予算のことを述べるのは重要ですが、こういう打合せのときこそ、弊社のことを知ってもらえたらと思っています。そうした話をするのかしないのかはお客様の求めている情報や打合せの内容(空気)にもよりますが。。。

そんなことより、本稿で説明したいのは、ヤマモモです。

  

テクノリサーチパークは立地場所から明らかなのですが、山を削り取って作った工業団地です。この工業団地内の公園にそれはそれは立派なヤマモモの木があります。単幹の幹周は日本一ではないか(※1)とも言われるほど、太い幹を持った巨樹です。

元々山にあったご神木で雨乞いなども行われたようです。工業団地を作るときに地元の人々の願いで切り落とさず、団地内に移植した地元の人々の思いがつまった木です。

幹に近づいて上を見上げるとワイヤーが張り巡らしてあるのが見え、このヤマモモが巨樹であると同時に古樹なのだと実感できます。幹も割れがあるのに腐っていません。幹の周り部分が生きるのに必要な部分ですが、衰えることなく壮大さを保っている様に心を打たれます。

 

弊社がお世話させていただいている木に、御客様のシンボルツリーのように佇んでいるヤマモモがあります。年に1回高所作業で形を整えるのですが、風で折れた枝や幹に穴ができているのを見つけます。これに対する適切な処置というのは調べれば調べるほど意見が多様で悩みます。ずっと元気に生きてくれればと思っていますが、ヤマモモの声をどれだけ聞き取れているのか分かりません。その木も随分と歳をとっているように見えるので、私の見落としで何かがあってはいけないと気がかりです。私なんかが左右できるほどの存在でないほど立派な木ですが。

いろんな公園の木を時々眺めに行きます。お世話をしている方は何をしているだろうか、どれだけ剪定しているか、など。私が携わる木に何ができるのか教えてもらいに眺めるんです。切ったら雑菌が入るリスクは生まれますが、切らなければお客様に支障をもたらします。切るのは怖いです。私が関わったために枯れてしまう木がありませんように、お客様とずっと在る樹でいてくれたらなぁ、と思うんです。

 

弊社のウェブページのトップに出てくるアコウの話、トトロでお馴染みのクスノキの話、もできる機会があったらしたいなぁと思います。ハイネの『流刑の神々』から森の話がしたいし、花田清輝の評論から自然の話がしたいなとは思っています。

(※1)池田隆範『神話と歴史で綴るみやざき巨樹紀行102』鉱脈社、2013年。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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